2026年1月20日火曜日

日本酒の思い出

皆様こんにちは。
札幌市議会議員 ふじわら広昭です。

今回は日本酒の思い出です。

「親の説教と冷や酒は後から効く」とのことわざがありますが、私は燗酒より純米酒の冷酒が好きです。


〈日本酒の思い出〉

旧・国鉄広島鉄道管理局(現・JR西日本旅客鉄道株式会社)の鉄道学園在学中、寮の近くに「高ちゃん」というお好み焼き屋があり、両親と看板娘の3人で切り盛りしていました。

寮の夕食だけでは物足りない者と酒好きの溜り場でした。


〈2級酒を飲め〉

入学した初日、仲間と共に「高ちゃん」に行き、どうせ飲むならと地酒の特級酒(当時)を注文したところ店主は2級酒を飲めと言います。


〈何故2級酒なのか〉

店主に理由を聞くと笑みを浮かべながら、待っていましたという感じで語りはじめました。

大正・昭和にかけてのこと。上方の蔵元で地酒の生産が間に合わなかった際、広島県の西条地域の蔵元にこっそり買い付けに来た程の酒なので、2級酒の方が昔ながらの地酒の味と香りを楽しめるとのことでした。

その2級酒を飲みながら、何故広島西条の酒がおいしいのか、話の続きを聞きました。


〈醸造方法と酒米の改良、杜氏の意気込み〉

江戸時代は酒造統制のため庶民には現在のように全国の地酒は手に入らなかったといいます。

しかし、明治になると広島に入ってきた上方酒の品質に驚いた地元の先覚者は、醸造法の改良と品質の改善に着手したとのことでした。

その結果、明治30年頃「西条中硬水醸造法」を完成させると共に、明治後期から八反錦など酒米の改良・普及、そして大正14年には国産初の堅型研削式精米機(酒造用精米機)を考案したとのことでした。


現在、西条町は平成の市町村合併で東広島市となっていますが、今も10社程の蔵元があります。

今思うと店主が2級酒を勧めてくれたのは、一方で私たちの懐具合を考えてくれていたのであろう・・・。


先日、お世話になっている方に和食のお店にお誘いいただき、大将の美味なお料理と唎酒師の資格を持つ女将お勧めの日本酒を頂きながら、ふと広島のお酒のことが頭をよぎり、楽しいひとときでした。